世界史から学ぶ科のブログ
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3月19日 修学旅行
 修学旅行

 本年度最後のイベント・修学旅行が3月19日(木)に行われました。天候は生憎の雨でしたが、気温も
暖かく、先週の成果発表会の緊張も解けて、ゆったり気分の楽しいバス旅行となりました。
 
 1,水生植物公園みずの森(草津市)

 最初の訪問先は、「植物と人、水と人のふれあい」をテーマとした水生植物園。雨のため、主に各種
水生植物の見られるロータス館で過ごしました。
 館内では、丁度美しく咲いている見事なスイレンを見ることができました。
 なお、ロータスは英語で「すいれん」と「ハス」を意味しますが、この2つは類似するものの全く別物で、
「スイレン」はエジプト、「ハス」はインド原産の花で、葉に切れ目のあるのがスイレンとのこと。

         図1   
                      ロータス館                       

                            図2
                                       ロータス館の内部

             図3a                             
                           スイレン


2,佐川美術館(守山市)

 昼食後に入館。平山郁夫のアンコール遺跡を描いた多数の絵、佐藤忠良の力強い彫刻および15代
楽吉右衛門と萩焼・15代板倉新兵衛のコラボレーション展を鑑賞しました。

                            図4              
                                       美術館・全景

 日本を代表する巨匠の傑作が鑑賞でき、感動のひと時でした。(ちなみに佐藤忠良は女優の佐藤オリエ
の父君です)

             図5a
                   平山郁夫の作品/楼蘭の朝(楼蘭遺跡三題)


     図6   図7
         佐藤忠良作/帽子・夏           吉右衛門作の萩焼と新兵衛作の楽焼


3,石山寺(大津市)

 本日最後の訪問地・紫式部ゆかりの石山寺。
 石山寺縁起絵巻等によれば、紫式部はここに七日間参籠し、観月の時に思いついた物語が“源氏物語”
とされ“源氏物語起筆の寺”として有名です。
 松尾芭蕉は、たびたびここ石山寺に仮住まいをして、多くの句を残しています。

               曙はまだ紫にほととぎす
                       (石山寺境内の芭蕉句碑)

     CIMG9321a.jpg       CIMG9333a.jpg
       本堂の隣「紫式部源氏の間」          紫式部供養塔(左)と芭蕉句碑(右) 

 この頃には雨も上がり、ガイドさんの説明を聞きながら本堂・多宝塔など境内を見物し、眼下に広がる
瀬田川の景色を眺めながら坂を下り、帰路につきました。

       図8
                           東大門

              東大門のどこかに豊臣家の五七の桐紋があるそうです。
              いつかまた時間のある時に探してみたいものです。


                図9
                  硅灰石(天然記念物)越しに多宝塔を望む

              この寺は、国の天然記念物に指定されている硅灰石の
              上に建ち、これが石山寺の由来ともなっています。    
   
                                                        以上



   世界史から学ぶ科では、クラス内での情報の共有化・活動内容の外部への発信等を目的に、
  このブログを運営して参りました。作成した記事は20件となります。
   ブログの運営は、駒米広報代表のもとで広報担当の皆さま方が担当されました。この一年間
  大変ご苦労様でした。                                (ブログ管理人より)








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3月12日 学習成果発表会

   3月12日 学習成果発表会 

 今年度を締めくくる学習成果発表会が開催されました。

 学習成果発表会は、この一年間で習得した知識を「学びの成果」として、自らの視点で
深く掘り下げ、整理・発表し、それらをクラス全員で共有する場です。
 各班からは、素晴らしい資料を使って、熱のこもったプレゼンテーションが行われ、それ
に応えて、出席者は熱心に傾聴していました。
 発表後に、当講座のコーディネーターである「伊藤先生」より、“熱心に研究テーマに取り
組み、発表も素晴らしかった。またとても勉強になった”との大変温かいご講評をいただき
した。

 以下は発表会に関連した風景です。

1,発表会へ向けての準備

     CIMG9202sc.jpg   CIMG9203sc.jpg
  
        古代ローマ市民の正装である         発表内容の綿密な確認と
        ”トガ”を身につけての発表           発表のリハーサル


2,発表会当日の風景 

 (1),各班からのプレゼンテーション
          全員でチームワーク良く!


     図1
          1班  「モンゴルってどんなところ?」

            図2
               2班  「世界三大 英雄・傾国の美女・発明」

                 図3
                       3班  「ローマは一日してならず」

     図4
              4班  「仏教の来た道」

               5.jpg
                     5班  「モンゴルと日本」
             


 (2),先生からの講評と受講生代表の謝辞

       図6x     図7a
         伊藤先生からのご講評            受講生を代表し萩野委員長より
        ”視点を変えた歴史の見方が大切”     この1年間にわたるご指導に感謝

     






2月19日 第2回社会への参加活動
        第2回社会への参加活動


  2回目の社会への参加活動は、クラスで話しあった結果、班別の活動となりました。

       1班、4班、5班   天満天神繁昌亭、大阪天満宮
       2班          日本銀行大阪支店、大阪市中央公会堂
       3班          京都大学総合博物館、吉田神社―>真如堂―>
                    哲学の道―>南禅寺の疎水までのウォーキング


  以下は、繁昌亭見学と天満宮境内散策の記録です。

 **大阪天満宮**

  繁昌亭の南隣にあり、天満の天神さんと親しまれている神社。
  この時期には盆梅展が毎年開かれ、境内には土産物などの売店も出ていました。
  受験シーズンとあって、合格祈願のお参りの人も多く、本殿横の絵馬掛けには、
 たくさんの絵馬が掛けられていました。
  また参集殿前の梅の木はほぼ満開のものもあり、青空の下、とてもきれいでした。

               DSC02201a.jpg
                     大阪天満宮表門

   DSC02202a.jpg    DSC02205a.jpg
          絵馬の奉掲場                    参集殿前の梅


              DSC02234a.jpg
                      繁昌亭の右手

  自由に天満宮を散策した後、12時30分に繁昌亭前に集合。 
  繁昌亭のメインである昼席(午後1:00~4:10頃)を見学しました。

 **天満天神繁昌亭**
  方落語を愛する多くの人々や企業の寄付により2006年9月15日に開設、戦後61年ぶり
 に復活した落語専門の定席(寄席小屋)です。 建物正面の左端の石碑に繁昌亭建立の
 歴史が書かれていました。
  昼席は週替わり、夜席は日替わりで公演されています。

                 DSC02213.jpg
                          繁昌亭の正面
    
    DSC02211.jpg     DSC02210.jpg
         由来の書かれた石碑                     本日の公演 

  興味を引いたのは

    ・建物の内外の天井に、募金をしたすべての人や企業の名前を書いた提灯が吊る
     されていてみごとなこと。
    ・入口の左側に明治初期に登場した「黒塗柱箱」を復刻した郵便ポストが置かれ、
     実際に使用されているとのこと。
    ・ロビーには初代春団治が乗って寄席を掛け持ちしたとされる伝説の赤い人力車の
     レプリカが展示されている。繁昌亭のこけら落としに、三代目春団治がこれに乗り三枝
     が曳いて天神橋筋商店街をパレードしたとのこと。

    上方落語界を彩った懐かしい人々の写真も壁に掛けられていました。

  DSC02219W.jpg   DSC02212W.jpg   DSC02222W.jpg
         天井の提灯          復刻版の郵便ポスト      初代春団治縁の赤い人力車


   開場時には入口の右横にある太鼓が打たれ、チケットの整理番号順に入場。場内は自由席
  で座席は1,2階合わせて200席ほど。どこからでも舞台がよく見える広さです。
   今日は高大生や高大OBが多く、平日の寒い日にもかかわらず大入りとのことでした。

               DSC02216a.jpg
                 一番太鼓(入れ込み太鼓)で入場

  午後1時から中入りの15分をはさんで4時10分頃まで、8人の若手やベテランの落語と、
 講談、音曲漫才が一演目ずつの本格的な寄席は、笑いの連続で3時間があっという間で
 した。
  テレビで見るのとは違い、目の前で演じられる舞台との一体感は迫力があります。
 落語家の皆さんの熱演に大いに笑って、ホッコリ、元気になれる場所でした。
  演者の交替時に座布団替えとメクリをされた方の完璧な所作に感嘆との声もありました。

  落語の良さを実感。日本の笑いの伝統文化、大切にしたいと思います。
 

  その後、天神橋筋商店街で親睦会をして帰途につきました。

                  DSC02238a.jpg
                    日本一長い商店街 
                         (南北2.6キロメートル)

  夕方は少し風が冷たく寒くなりましたが、心ホッコリ楽しい一日でした。













1月29日 共通講座
1月29日(木)午後の共通講座を聴講した記録です。


       テーマ:「人形浄瑠璃300年のあゆみ」
 
       講師 :森西 真弓先生

 
1.森西真弓先生の紹介

   大阪樟蔭女子大学の学芸学部・国文学科教授で「上方芸能」編集長です。

                 180-2.jpg

2.講義内容

   今日は大阪生まれの大阪育ちの人形浄瑠璃について、「300年のあゆみ」というテーマで、その成り
  立ち、歴史、役者などについてお話します。
   昨年、国立文楽劇場は創立30周年を迎え、記念事業や竹本住大夫引退興行などが盛況で入場者が
  11万人を超えて大阪市の補助金が満額もらえることになりました。 

 [人形浄瑠璃と文楽]
   今は人形浄瑠璃は文楽とも言いますが、世界無形遺産、国の無形文化財でその正式名称は「人形
  浄瑠璃文楽」といいます。楽は雅楽、猿楽、田楽などでは『ガク』といいますが、文楽は『ラク』といいます。
  近世から明治までは、文楽は人形浄瑠璃と言いました。
  
   江戸時代の文化初頭(資料の年表を参照=以下「年表」とする)に淡路島出身の植村文楽軒が大坂
  に出てきて、高津新地に非公認の芝居小屋を開きました。当時、芝居小屋は幕府の許可制で、道頓堀
  界隈に多くの小屋がありました。この幕府公認の小屋で現在も存続しているのは京都の「南座」だけで、
  大阪の「松竹座」はもと映画館で松竹の建てたものです。

   楽軒の小屋は3代目の時の明治5年(年表)に、大阪府が開いた歓楽街の松島に、遊郭と「八千代座
  (歌舞伎)」とともに「文楽座(人形浄瑠璃)」として、公認され移転しました。しかし、明治17年(年表)に、
  難波にできた「彦六座」に対抗して本町・御霊に移転し、両者で出演者の取り合いなどの競争時代が
  ありました。彦六座は火事等で衰退しましたが、文楽座も5代目の明治42年(年表)に経営不振で、松竹
  に譲渡されました。
  
   松竹は、白井松次郎と大谷竹次郎の双子の兄弟が起こしたもので創業120年になり、興行企業として
  は世界で珍しい長寿企業です。松竹は「文楽座」の名を受け継ぎ、人形浄瑠璃を「文楽」として売り出し
  ましたが、それが今日にも受け継がれているのです。

 [人形浄瑠璃の前身]

   人形浄瑠璃とは、三味線伴奏の語りもの音楽に人形操りがついたものです。日本の音楽には、長唄、
  小唄、端唄、地唄などの歌を聴かせる「唄いもの音楽」と物語りの中身を聴かせる「語りもの音楽」があり
  ます。
   語りもの音楽は、お経の「声明」や平家物語を琵琶演奏で語る「平曲」、能の「謡曲」などがありますが、
  浄瑠璃の最初は、僧侶がお経の後で仏教の教えを噛み砕いて話す説教に始まります。
   そのうち上手な人、面白い話、イケメンの僧などが要求され、話すほうも「節」をつける「説教節」になり、
  さらに専門家化して内容も仏教から離れたものも語られるようになります。
 
   もともと「浄瑠璃」とは、仏の住む浄い光輝く世界のことです。そのうち浄瑠璃と源義経の恋物語「浄瑠璃
  御前物語」(あら筋を面白く語られる)が評判になり、坂田金時の息子の「坂田金平物語」のヒーロー物語も
  気になり、このような語りが「浄瑠璃」と呼ばれるようになります。この頃は、伴奏なしや扇子をたたく音や
  琵琶にあわせて語られていました。
   その後、戦国時代に三味線が琉球から入って伴奏に使われるようになります。人形芝居は奈良時代から
  大道芸として発達し、人形を操る人は傀儡師やデコマワシと言われていました。最近、西宮で「戎回し」の
  デコマワシが復活されたそうです。

 [竹本義大夫と人近松門左衛門]

   貞享元年(年表)に、農民だった竹本義大夫が、大坂、京都の浄瑠璃語りに師事して荒物と人情もの
  両方を会得して、人形浄瑠璃を現在の形に完成させ、道頓堀に「竹本座」を創設します。同じ頃に武士の
  二男として生まれた近松門左衛門が、仕えていた一条家で催された人形浄瑠璃に魅せられて、宇治座の
  座付き作者として弟子入りし、義大夫と出会います。

   義太夫は竹本座の初演に近松作「世継曽我」を掛け、2年目に掛けた「出世景清」(あら筋の説明が
  わかりやすく大変面白かった)が大当たりします。元禄16年(年表)に、近松作の「曽根崎心中」を上演し
  て、それまでの武士が主人公の歴史物、時代物(「古浄瑠璃」という)だけでなく、実際にあった事件を
  題材にした町人が主人公の現代物(「世話浄瑠璃」という)を創設し、庶民に喜んで受け入れられます。

   近松は当時、歌舞伎の大人気だった坂田藤十郎の座付き作者として10年間活躍します。しかし、近松は
  自分の台本が舞台で役者に勝手に変えられることに比べて、三味線、人形、語りのアンサンブルである
  ために台本のままに演じられる人形浄瑠璃の作者としての道を選び、「曽根崎心中」以降は20年間
  「竹本座」の作者に専念します。近松の人形浄瑠璃の台本が全部残っているのに比べて、歌舞伎の台本
  は1本も残存していません。
   
   元禄時代(年表)に、義大夫の弟子の豊竹若太夫が独立して、道頓堀に「豊竹座」を創設して、紀海音が
  座付き作者として活躍し、竹豊二座対抗時代、近松・海音時代として競い合います。
   この時代は、人形は1人遣いでしたが、1734年(年表)に竹本座で人形の3人遣いが完成して、人形の
  動きが複雑で表現力が豊かなりました。3人遣いとは、主遣いが左手で頭を右手で右手を、左遣いが右手
  で左手を、足遣いが両手で両足を主遣いの動きに合わせて操作します。

[人形浄瑠璃の三大名作]

   延享3年の「菅原伝授手習鑑」、延享4年の「義経千本桜」(あら筋の説明がありました)、寛延元年の
  「仮名手本忠臣蔵」が人形浄瑠璃の三大名作と言われています。
  「忠臣蔵」の名は、仮名文字いろは47字を赤穂47義士に例え、蔵を大石内蔵助からとった題名で、
  この作品から初めて使われる様になりました。

   次の、文楽座での公演は4月から始まりますが、吉田玉女の2代目「玉男」の襲名披露も行われます。
  大阪を代表する古典芸能である「文楽」をぜひ興味を持って、観てください。

3.質疑

   [質問] 最終場面の切場で、語りをする「切場語り」をされる太夫は何人おられますか。
   [応答] 豊竹咲大夫さんと嶋大夫さんの2人です。
   [質問] 三味線の話が少なかったと思いますが、少し聞かせてください。
   [応答] 文楽の三味線は「太棹三味線」を使って、その重い音で人形に感情表現を与えています。
        今、三味線にも2人の人間国宝(鶴澤清治さん、寛治さん)がいます。


[筆者感想]   

   途中休憩が無かったせいもあるかもしれませんが、いつも共通講座で見られる途中退席する高大生は
  ありませんでした。
   良く通る声で歯切れよく話される森西先生の講義は、文楽に対する博識と愛情がこもっていて興味の
  尽きないものでした。とくに「出世景清」や「義経千本桜」のあら筋を分かりやすく面白く話されて、文楽や
  歌舞伎の名作を鑑賞する手がかりとしていただき有難かったです。本当に有難うございました。―拍手―




   尚。講座開始前に、「同窓会連絡協議会」、「シルバーアドバイザー(SA)連絡協議会」、「NPO法人SA
  ネット大阪」の関係者より、同窓会の入会案内がありました。各団体の資料は、教育会館3階の多目的3
  教室前のラック棚に置いてあります。






  
12月2日 高大祭
 12月2日(火)高大の最大行事“高大祭”が吹田市文化会館(メイシアター)で盛大に開催され、
これまでの勉強の成果を発表する場となりました。

 展示部門では、1階から3階までの展示場は、各講座から、それぞれの作品が所狭しと並べられ、
その皆さんの力作には感心し圧倒されました。

 **高大祭での活動風景**

 わが世界史から学ぶ科の仲間も大いに頑張りました。これまでの世界史の勉強の見せ所です。

 世界史から学ぶ科の統一テーマは“世界史不思議発見“。
 それを受けて、各班からは次のテーマでの発表が行われました。

            世界史から学ぶ科テーマ“世界史不思議発見“

              1班、モンゴルってどんなところ 
                      モンゴルを旅してみませんか

              2班 世界史3大○○
                      あなたはどちらを選ぶ 英雄、傾国の美

              3班 ローマは1日にしてならず

              4班 仏教の来た道

              5班 モンゴルと日本


  パネルは、カラフルでプロ並みの写真技術、見学者の関心を呼ぶデザインで人目を引きました。


      IMG_1798、1班
            1班 モンゴルってどんなところ                                                                          
                         IMG_0234、1班
                                 1班 民族衣装に民族楽器     


  クイズ形式、動画など、楽しめる工夫も・・・


     IMG_1784、2班       IMG_0220、3班
            2班 世界史3大○○              3班 ローマは1日にしてならず


       IMG_1779、4班
                 4班 仏教の来た道     

                         IMG_1797、5班
                                    5班 モンゴルと日本



 展示場は多くの見学者で大混雑。通り抜けもままならぬ状態で部屋の中は熱気でムンムン。
 パネルの内容への質問も多く、説明員にも熱が入ります。
            
                CIMG1790、全体a
                             展示会場風景

                          
  **高大祭への道のり**

 高大祭に向けての数カ月は、その準備に多くの時間をかけて来ましたが、そのプロセスで多くの
ことを学び、仲間作りが出来ました。

         1、CIMG8511、1班a   2、CIMG8512、2班a


         3、CIMG8560、3班a   4、CIMG8514、4班a


                     5、CIMG8558、5班a

            
      この何か月の各班の活動を通して、努力と工夫の成果が出て 勉強になりました・・・

      知識を拡げる、趣味の世界を楽しむ、次の段階に向けて努力する・・・素晴らしいことです。


  **エンジョイ高大祭**

 高大祭では、来年度は何の科目を受講するか悩んでいる者にとって、お目当の科が具体的に
どんな事をしているのか、現在受講生されている方々に直接話を聞くことができ、大変参考になり
ました。
 前日から気温が急降下。最高気温も10℃前後と真冬並みの寒い一日となりましたが、天気に
は恵まれ、心も体もホカホカ。多くの仲間と楽しく過ごすことが出来、素晴らしい一日となりました。              









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