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世界史から学ぶ科のブログ
11月6日 第二回遠足 「伊丹の街歩き」
   「伊丹の街歩き」

  今回の遠足は、JR伊丹駅を起点に午前中は、有岡城⇒荒村寺⇒本泉寺⇒大溝筋跡⇒猪名野神社
 ⇒旧岡田家・旧石橋家を見て、長寿蔵にて昼食。
  午後は、自由散策するグループと小西酒造(「白雪」の製造元)見学するグループに分かれて行動。

  幸い天候にも恵まれ、ボランティアガイドさんの説明もあって、伊丹の良さが堪能できた非常に楽しい
 街歩きであった。

   
  見聞した中で興味のあった点は、以下のとおり。


     ● 伊丹にはNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」で有名になった荒木村重の有岡城があるが、
       城跡としてはJR駅のすぐ近くに石垣の一部が残っているだけで、全貌は見られない。


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                         有岡城址 (主郭部)

     
       ただし、この城は、城・侍町・町屋の全てを堀と土塁で取り囲み、城郭全体で防御する
      日本初の「惣構え」の城で、後の大阪城や小田原城などの難攻不落の平城の手本とな
      った。
       規模は南北1.7km、東西0.8kmで、散策した猪名野神社はその西北端の砦の跡で
      あった。


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              猪名野神社前の散策風景              西北端の砦”有岡城岸の砦跡   

                  
      ● 伊丹は清酒発祥の地で、「伊丹酒」の名声は、初めは池田、後には灘五郷の酒造地と
       並び称せられた。
        江戸時代、この伊丹は摂関家筆頭の近衛家の領地であり、その指示・保護のもとで
       酒造りが盛んであった。その中の小西酒造は1550年創業の歴史をもち、「白雪」は国内
       有名ブランドの一つである。
        なお、酒作り発祥の地を名乗るのは当地の他に奈良県にもあり、いずれが正しいかは
       定かではないらしい。


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                     長寿蔵 内部はレストラン
                           地ビールで喉を潤す幸せ

        
     ● 鴻池は山中鹿之助の末裔で、鹿之助の長男はこの地で酒造りを始め、酒販・海運・両替商
      で成功を納めた。後に大阪市の鴻池新田開拓なども行い、鴻池銀行(後の三和銀行)を設立
      して大財閥を築いた。



     ● 旧岡田家住宅(店舗・酒蔵)は江戸時代(1674年)に建てられた町家で、その店舗は兵庫県
      内に現存する最古のもの、酒蔵は現存する最古の酒蔵で、江戸時代に隆盛を極めた伊丹の
      酒造業の歴史を今に伝える重要な文化財(岡田家の所有となったのは明治33年)。
       その隣にある旧石橋家住宅は江戸時代後期に建てられた商家で、建設当初の店構えを残し
      ていて、住居の歴史を知る上で興味深い。


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                         旧岡田家住宅


     ● 伊丹は俳句の町で、「東の芭蕉、西の鬼貫」と称せられた江戸時代の俳人・上島鬼貫
      は、当地の出身で、荒村寺と猪名野神社にその句碑があった(市内には、これらを含め
      14碑ある)。
       なお、今回の見学コースにはなかったが、近くにある「柿衞(かきもり)文庫」には、岡田
      利兵衞氏が寄贈した俳書を中心とする書籍、軸物や短冊など多くの収蔵品があり、日本
      3大俳諧コレクションの1つと称されているとのこと。ご興味ある方は、次回是非お立ち寄り
      下さい。


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                 荒村寺  境内の鬼貫の句碑を特別に見学
                       「古城や茨くろなる蟋蟀(きりぎりす)」


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                                  猪名野神社の鬼貫の句碑
                                    「鳥は未(まだ) 口もほとけず 初桜」


     ● 上記岡田家の庭に実る柿は、へたの周りが丸く盛り上がっている形から「台柿」(だいがき)
      と呼ばれ、美味絶品の柿であった。
       その昔、当地を訪れた頼山陽一行がそれを食べて、余りの美味しさに感動して詩・文・画に
      残した。
 
      市は市民ぐるみで、伊丹のシンボルとも言おうべき貴重なこの柿の木を後世に残すべく活動中
      で、現在、三世の台柿が旧岡田家横の伊丹市立美術館の中庭で大事に守り育てられている。



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                        三世の台柿  伊丹市立美術館の中庭


      ● 小西酒造工場の見学後に、酒の試飲会があった。
        試飲した4種類の中には、江戸時代の酒を再現した酒や一升瓶にすると市価1万円は
       するという特別仕込みのものもあり、普段ではめったに味わうことのできないお酒を賞味
       させていただき、大感激でした。  


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                  防塵服を着て白雪酒造工場見学へ 


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                               タンクが数多く並ぶ仕込み工程



                                                          以上








      




10月30日 校外学習 大阪市立東洋陶磁美術館
[芸術の秋]

 木枯し1号も吹き、朝晩冷え込む季節になりました。午後は校外に出てのクラスミーティングで、
大阪市立東洋陶磁美術館へ。
 また近くのバラ公園での薔薇見学や食事など、まさに「食欲の秋」「芸術の秋」の一日でした。


[セラミックロード]   「伊万里世界へ」
              「ジャポニスムの先がけ」

 ・大阪市立東洋陶磁美術館では、現在開催中の特別展:”IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を
 飾った日本磁器”を鑑賞                                              

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                         パンフレット  金色ベースの豪華版     


  ・はじめに主任学芸員の小林仁先生から、特別展について45分ほど講義をして頂きました。

       17世紀初頭、日本で初めて、朝鮮半島の技術を基礎に、中国・景徳鎮窯の磁器を手本としで,
      有田地方で作られた磁器”伊万里焼”は、17世紀中頃から、オランダ東インド会社(VOC)によって、
      日本からインドネシア、アフリカを経由し、オランダそしてヨーロッパ、東南アジアなど海外に輸出
      され、各地で人気を博しました。
       特にヨーロッパにおいて、眩いばかりの白い肌、明るく華やかな色絵の伊万里は、当時の王侯
      貴族に熱狂的に愛好されました。

  ・講義の後、館内に展示されている全国各地から集められた輸出用古伊万里190点余りを鑑賞しました。
  中にはⅠ点が?億円する貴重なものも。


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                    撮影コ―ナ―(ヨーロッパの宮殿と伊万里を再現)
                    特別展会場は撮影禁止


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                    撮影コ―ナ―
                   (色絵美人文八角大壺  江戸時代1730~1740年代) 
                 (染付に朱や黒などの上絵、そしてさらに金彩を加えた金欄手様式)
         

 今回は、磁器の交易を通してのヨーロッパとの繋がりの歴史を学ぶとともに、絢爛豪華な伊万里焼の鑑賞も
堪能しました。







 
10月15日 第4回スポーツ交流大会
 2週連続の台風一過、秋晴れに恵まれて第4回スポーツ交流大会がボディメーカーコロシアム(府立体育館)
で開催されました。
 2000名を超える参加者で館内も熱気が漂い、受講生も童心に帰った様に楽しんでおられました。

 もともと、全員で楽しむ大会であったはずですが、いつの間にか真剣な顔つきになり、競技の勝敗にこだ
わっていた様に見えました。
 残念ながら世界史から学ぶ科は優勝は出来ませんでしたが、皆さんは楽しい一日を過ごされました。

 大会の運営などでは、世界史から学ぶ科のクラスのスポーツ委員10名の方にも、ご尽力いただきました
ことに感謝いたします

 以下に皆さんの奮闘風景を添付します。


       図1    図2
                開会式風景                        観覧席風景


       図3    図4
               大風船送りゲーム                    バッコーゲーム


       図5    図6
              ラダーゲッターゲーム                 ニチレクボールゲーム


       図7    図8
            フープディスクゲッターゲーム                河内音頭の踊り



 ”秋はスポーツと文化の季節”。スポーツ交流大会も無事終わり、次は来月の遠足と12月の文化祭が
待っています。大いに楽しみたいものです。







9月18日 第1回 社会への参加活動
 午前は地下鉄阿波座駅近くの津波・高潮ステーションを見学しました。

 ガイダンスルームで津波・高潮に関する映像を見た後、「津波災害体感シアター」の前面、左右側面、
床面の4面にひとつながりのダイナミックな映像と音響で、南海地震が来た時の津波の恐ろしさを体感。
 
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 その後、係りの方の詳しい説明を聞きながら館内の展示を見てまわりました。
 大阪は以前、大量の地下水を汲み上げたため地盤が沈下し、海面より低い土地が多くあります。床面を
海面にみたてた展示や、過去に大阪を襲った3大台風による高潮の被害写真を見て、海面より低い町の
危険を実感。
 
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 現在では防潮堤、水門、防潮扉が整備され、S45年以降は伊勢湾並みの台風でも高潮は大丈夫となり
ましたが、南海地震の津波に備えて、防潮堤の基礎をもっと深くする工事が進められているとのことです。
世界でも珍しいアーチ型水門の動く模型や、実物の鉄扉が展示されていました。
 
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 過去の南海トラフの大地震は90~150年周期で起きていることから、南海トラフ地震の発生確率は50年
以内に90%とされ、いつ起きても不思議ではないとのこと。
 床面に描かれた大阪の航空写真には、最大規模の南海地震を想定した津波の到達時間と浸水の深さ
が色分けして示されており、皆さん熱心に見入っていました。浸水想定区域はほぼ26号線を境とする沿岸部
となっていました。
 
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 また先人の教訓を生かす大切さを伝える2基の石碑も展示され、興味深かったです
 
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 近い将来必ず起こるといわれる南海トラフの大地震と津波に対しての正しい知識を得ることができ、備えを日頃から考えておくことの大切さを強く感じる見学でした。

 “災害は忘れた頃に・・・”です。


 班ごとに阪神野田駅近くで昼食後、午後からは朝日新聞大阪工場を見学しました。

 3階の読者ホールで案内係の方から朝日新聞の歴史や印刷機の説明を聞き、ビデオを見た後、全員の
写真を撮りましたが、これは後で見学記念版としていただいた新聞の中に載せられていました。
 
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 強いインキの匂いや輪転機の轟音のする見学デッキで、印刷され束になった新聞が頭の上を流れるのを
見た後、1階、2階と印刷工程の現場を見てまわりました。
 1.3tもある印刷用ロール紙を運んで輪転機に取り付けるロボットAGVや、凸版印刷と現在のオフセット印刷
の違いなど興味深かったです。

 少しハードでしたが、午前、午後とも生活に直結する知識を得ることができ、有意義な一日となりました。




 
 
7月17日 第3回共通講義
 テーマ:「老年の幸せを考える」

   講師 桝居 孝先生
   
     1926年東京生まれの87歳
     東京大学法学部卒業後、大阪府民生部長、教育長、日本赤十字社大阪府支部事務局長を歴任
     現在、日本児童文学会会員 職業は「モノ書き」で実質年金生活者とのこと


               H26.07.17 共通講義写真①

   講演内容

   (前半)

   レジュメにとらわれず、「今日は認知症について話します」と実母と義母の認知症介護の経験談でお話を
  始められました。
   実母の介護は92歳から9年間3人の妹さんが交代で担われ、その引き継ぎのためにヘルパーさんも加わ
  り、ノートに記録を綴られ26冊になったそうです。
   記録を読むと、お母さんは症状が進むと窓に映る朝日を見て、子どもの頃に経験された八王子大火を思
  い出して大変怖がられたことなど、認知症が段々進行する様子がよく分かるそうです。
   また、先生がお母さんの過去を調べられるうちに、「花子とアン」の村岡花子や柳原白蓮、また樋口一葉
  と交渉のあったことなどのエピソードも話されました。

   奥さんのお母さんの認知症介護は、99歳から3年間、同居して奥さんと介護ヘルパーさんに先生も加わ
  り介護されたそうです。
   先生は、夜になると奥さんがお名前を呼ぶ義母の声が聞こえる様にリビングを義母の居間に改造される
  など、色々な毎日の介護記録を記されました。
   その経験から、先生は「老年には誰もがいつかは支援を必要とするようになる。男性も介護に参加すべ
  きだ」と強調されました。
  
   認知症症状は脳の機能低下による症状で、①健忘 ②失見当職 ③失認 ④失行 ⑤失語などの普遍
  的に現れる中核症状と介護拒否や異常な食行動、徘徊、暴言、暴力など環境による個人差が多い周辺
  症状があるそうです。先生は、親戚の方の被害妄想の実例を話されました。

   前半のまとめとして「老年の幸せとは、周りから支えられて本人が満足する態勢である」と話され
  ました。

   (後半)

   先生は85歳で病気になり介護を受ける経験をされましたが、「人間の脳は使えば使うほど良くなる」
  ことを信じて、モノ書きを再開され「『ちゑのあけぼの』の探索」(児童文学特別賞)を著述されました。
   先生はそれまでにも、赤十字社に関係して「太平洋戦争中の国際人道活動の記録」、「雑誌『少年
  赤十字』と絵本画家 岡本帰一」、「世界と日本の赤十字」などの著作を著されて、これらの本は今日の
  講演にも関係することから紹介されました。(これらの4著作は高齢者大学の事務所で貸出されるそう
  です)
   
   最後のまとめとして「QOD」(クオリティ・オブ・デス=死の質)は、最後をどのように迎えるかを問題に
  するものです。
   延命措置についても本人が決めるべきであるが、するかしないかだけの二者択一でなく、残る家族の
  ことも考えて安らかな死を迎えることが肝要です。
   死は自然に帰るもので、加島祥造・帯津良一の「静けさに帰る」(風雲舎)の中の二人の対談『身体や
  細胞は、加齢により衰えるが、目に見えない命のエネルギーは、年齢とともに高まっていく 水の流れの
  ように自然に従い、やがて大きな海に到る』を紹介されました。

   そして「私は母と同じように最後は認知症になると思うが、難しい老人にはなりたくありません。可愛い
  認知症となり、安らかな死を迎えたい」と締めくくられました。




   ・・・総務省の行政相談・・・

      共通講義の時間をさいて、近畿管区行政評価局の職員と大阪市旭区行政相談委員
     が来られて、総務省の行政相談制度についてパワーポイントを使って説明されました。

      行政相談とは、国の仕事について、苦情、相談、問い合わせだけでなく要望、提案なども
     受け付ける制度です。

      窓口は行政評価局、各区市町村(行政相談委員)、大阪総合行政相談所(大丸大阪店)、
     インターネット、電話0570-090110で受け付けます。